ミュージカル 「HERO」 奇跡の僧侶・空海と青年の物語 上演に寄せて

原作脚本・総合プロデュース 松岡春和


 「何でもっと早く。何でもっと早くせなんだ。何でもっと早く。」

15 歳の時に私の夢に出て来た僧侶は、折重なった死体の山の上​で燃え盛る炎に手を合わせながら振り向き、鬼気迫る形相でこ​の様に私に訴えて来ました。
8年後、京都へ旅した私はホテルの部​屋で倒れます。その時、あの夢の僧侶の声は私に「ニンナジ、へ​行け!!」と促します。調べると「仁和寺」と言うお寺がある事が分かります。

歴代の天皇が即位された後、必ず真言宗御室派の阿闍梨となり、​天皇家が守り続けて来られた寺院が仁和寺だと知ります。
次の日伺うと、入り口には 15歳の時に見たあの夢と同じ場面・​人物が描かれた掛け軸がそこに。当時の門跡さまのご説明で、掛​け軸のその人物、要は夢に出てきた人物が「空海」と言う僧侶だ​と、この時初めて知る事になります。

さて、空海が夢の中で私に伝えようとした「もっと早く」しな​ければいけない、とされる事とは一体何だったのか?

この舞台にはニ人の主人公、ニつの事実、ニつの時代、が交差​して進みます。一つは、テーマとなっている弘法大師空海の史実​の物語。もう一つは、現代の悩める少年 舞人(マイト)が演じる、​私に実際起こった物語です。

空海の物語として、高知の室戸岬にあるミクロ洞で覚醒を遂げ​た空海が、唐に渡り恵果阿闍梨から灌頂式を授かり、真言密教第 8 ​祖として継承者となり、帰国後日本において多くの偉業を成す足​跡。最後に万燈会の願いを示された空海の魂がロウソクの炎と重​なり、その光りが四方八方に飛び人々と一体となり、何時までも​人々を支え共に歩み続ける様を描いています。

悩める青年舞人の物語として、青年舞人は自ら命を絶とうとす​る中、彼の魂は仏陀の時代から空海の時代まで旅をして 再び息を​吹き返します。日常に戻った彼は自分探しの為の旅を始めます。​向かった場所は空海が辿り着く事が出来なかったインド。そこで​経験する出来事は、彼の考えを大きく変えて行き、その中で生き​る目的を見つけて行きます。

加えて、ストーリーテーラー(進行役)として登場する天才学​者・石川道益は実在した人物で、桓武天皇の寵愛を受け、当時空​海や最澄らと共に遣唐使として唐に渡りますが、その地で重い病​に倒れ志半ばで他界します。その石川道益の実際の末裔が舞台上​で演じ、空海と舞人を導くという場面も見どころの一つです。

空​海の歴史的な物語の舞台や映画はすでにいくつか催行され、どの​作品も記述に残された情報から空海像を余す所 無く表現されて来​たかと思います。
しかし今回のこの舞台は、もし空海が今ここに居てこの現代を​見た時、一体何を私たちに伝え様とされるのか?をメインに焦点​を充て創作されています。
悩める青年舞人の体験と気づき、それ自​体が現代に贈る空海からのメッセージとして描かれており、歴史​的記述から創作された物語とは違う視点の舞台となっています。

舞人と空海を巻き込んで、歌あり、踊りあり、笑いあり、どち​らかと言うと「賑わい」に近い場面が多々ある、歴史的舞台から​すると少々元気が良過ぎるほどです。 しかし、よく観ると登場人​物の語るセリフや表現する物語のその中に、空海の真の心の声が​舞台と言うエンターテイメントを通して、皆さんの心に聞こえて​くるやもしれません。 

空海が「もっと早く」して欲しかった事の片鱗がこの舞台か​ら、現代を生きる皆さんの心に 少しでも届いて下さるならば、幸いです。